一旦自分の役割を外してみる
生まれてきた瞬間に子どもとなり、(場合によっては)兄、姉、弟、妹となり、そして、生徒となり、学生となり、後輩となり、部下となり、親となり、先輩、上司となり…と。 すると、その役割によって“こうあらねば…”というものを勝手に自分に刷り込んでしまうことがあります。 そして、この刷り込みが強すぎると、自分を苦しめてしまうことが出てきます。 例えば、自分が親という立場に立つと、“子どもを立派に育てるため”という理由で“良い親”をついつい演じてしまうことがあります。 厳しい言い方をすれば、「子どものため…」と言いながら、実は自分がまっとうな親として周囲から認められたいとの欲求から来る行動をとっていたりします。 あっ、 「自分はそんなことはないなぁ」 という方は、ここから先は読まなくてもいいですよ。 少なくとも私の場合は、いわゆる世間体を気にして…というか、子どものために躾けているというよりは “子どもを通して自分の評判を下げないように良い子でいさせる” 的なところがあったことを否めません。 本来役割というのは、その目的があるはずなのに、役割そのものが目的化していることってあると思うのです。 それは、 「親(子ども)たるものこうあるべきだ」 的な思い込みから来ています。 というか、なんとなくそんな風に世間から刷り込まれている感じもあるかもしれませんね。 もし、こういうことが起こっているとして、それによって引き起こされがちなのが次のようなことです。 「子どものためだから…」 と思い、躾けが厳しすぎたり、あるいはその逆で精一杯、子ども中心での生活をしたりということだったり。 その時に、思うようにならない子どもに対し 「私はこんなに一生懸命やってるのに…」 と卑屈な気持ちが湧いてしまう。 もし、こういうことが自分の中で起こっているとしたら、それはきっと「こうあらねば」で自分の役割を縛りとして演じている時です。 だからそういう時は、一度自分の役割を外してみて、純粋に自分がどうしたいかを考えてみるといいです。 親という役割、もっと言えば立派な親でいるという役割を外してみる。 その上で純粋に子どもとどう接したいのかを考えてみる。 つまり、純粋に自分の欲求でどうしたいのかを考えてみるわけです。 そして、実際にやってみる。 例えば、無理をして早起きして子どもの世話をしていたのであれば早起きをやめてみるとか。 すると、自分がやってあげてたことを子どもが自ら自主的にやり始めることだってあるのだろうと思います。 そして、そういう子どもの姿を見ると、きっともっと愛情が湧いてきますよね。 もしこういうことが起こるとしたら、それってやっぱり自分が勝手に自分の役割を設定して、勝手に自分を縛り付けていたということですよね。 そして、こういうのって何も親子の関係だけで成り立つ訳ではないと思います。 自分がどんな役割を担い、そこにどんな縛りがあるのかを見てみて、その縛りがきつく感じたらその役割を一旦手放してみる。 これまた自分の“あり得ない”へのチャレンジとなりますが、自分を緩める一つの方向性だと思います。上記はギャラップに承認されたものではなく、ギャラップの認可も推薦も受けていません。クリフトンストレングス®(ストレングスファインダー®)に関する意見、見解、解釈は、株式会社ハート・ラボ・ジャパン代表 知識茂雄だけの考えです。
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