他人軸で生きることの無意味さに気づく
続きがあるつもりではなかったのだけれど、ブログに起こして自分で読み返しているうちに、そして今朝コーチングを提供している時に気づきがありました。 どうせどこまで行っても相手のことは理解できないし、自分のことも理解してもらえることはない。 その前提でいることの意味がもう一つあるなぁと。 それは、他人軸で生きることの無意味さに気づけるということです。 どういうことかと言えば、他人軸というのは自分がやりたいことよりも周囲の人にとって心地よいだろうと思うことを優先してしまうということ。 そしてここが肝心なのですが、自分が“心地よいだろうと思う”ことが、本当に相手にとって心地よいかどうかはわからないということです。 だって、自分が相手のことを100%はわからない以上、こうした方がいいだろうと思うことが相手にとってもそれがいいとは限らないですよね。 その逆もまたしかりで、こういうことをしたら相手が不愉快に思うのではないかということもまた、必ずしもそうとは限らないということです。 結局のところ相手の思いというのは自分が勝手に想像しているに過ぎないわけだし、その想像というのは多くの場合で“自分ならこうだ”という自分の価値観が基準になっています。 だとしたら、相手は自分とは違う価値観を持っていることが間違いのない事実である限り、自分がこう思っているに違いないと思っていることなんてもはや当たっていることの方が奇跡ですよね。 ということは、他人軸で生きるというのはとてもとても無駄な生き方をしているということになります。 結局、相手がどう思うかなんてその人に聞いてみないとわからないわけで、こちらが勝手に忖度して自分の言動を制限することにどれだけの意味があるのかということです。 言い換えれば、相手がどう思うかなんてやってみないとわからないということ。 そして、やってみて仮に相手が不愉快になったとして、それはそれで相手の問題であり自分の問題ではない。 相手は相手で自分の価値観で物事を判断する権利があります。 他人軸で生きている人は、自分が相手に配慮するのが当たり前になってしまっていて、十分な配慮をして行った行為に対しそれを否定されることに抵抗を覚えることだってあるかもしれません。 それって言い換えると自分の価値観の押し付けでしかないですよね。 もちろん本人は、そんなことなど微塵も思っていないと思いますが。 ということで、お互いわかり合えないを前提に良い意味で開き直り、他人軸を自分軸に、すなわち“自分が”どうしたいかを優先するあり方を取り戻していけばよいと思います。 取り戻すという意味は、こういうこと。 皆誰しも小さい頃ってとってもワガママでしたよね? お腹が空いては泣き。 欲しいものが与えられなければ泣き。 自分のしたいことが制限されれば泣き。 そう、自分のしたいこと、して欲しいことを最優先に生きてきた時期が必ずありましたよね? そういうこと。 それがいつの間にか周囲の人の顔色を伺うことを覚え、本来のワガママさが消えていく。 それはある意味生存戦略なわけで、その時は意味のあることだった訳だけれど、それがいつの間にか意味もなく自分の当たり前に定着してしまっているということなのだと思います。 であれば、今一度自分の当たり前の意味づけを考え直してみるのもアリだと思います。 その一つの思考プロセスが上で書いてきたこと。 今朝のコーチングでのクライアントさんからの報告は、まさにそこにつながるものでした。 今までなら躊躇していたことを思い切ってやってみた。 すると、思いの外うまくいき世界が広がったように感じる。 そして、その結果自己肯定感も高まる。 そんな感じ。 前回にひき続き、書いていて明らかに壮大なブーメランなのだけど(^_^;)、そういう気づきがありました。無料レポート
ストレングスファインダー®を受けた方へ
その困りごとには、理由があります
ストレングスファインダー®の上位10の資質と、いま感じている困りごとを1つ選んでいただくと、なぜそうなるのかを資質の組み合わせで読み解き、上位資質で試せる対処を2つ書いた1枚を、メールでお届けします。
上記はギャラップに承認されたものではなく、ギャラップの認可も推薦も受けていません。クリフトンストレングス®(ストレングスファインダー®)に関する意見、見解、解釈は、株式会社ハート・ラボ・ジャパン代表 知識茂雄だけの考えです。



