ストレングスコーチの知識茂雄です。
実行力の資質である「信念」について解説していきます。
根源的な欲求、動機づけ
「信念」を上位に持つ人の根源にあるのは、世の中はこうあるべきだという普遍的な価値観に沿って生きたいという欲求です。
原語はBelief。Believeの名詞形なので「信じること」ですが、「念」のつく「信念」の方がぴったりきます。ただ信じるというだけでなく、そこにある種の一途さがあるからです。
辞書を引くと、それが正しいと堅く信じている心、という意味になります。何を堅く信じているのかは人それぞれで、一概には言えません。ただ一つ言えるのは、世の中はこうあるべきだという普遍的な価値観、倫理観、道徳観を持っているということです。
たとえば、どんな人であっても等しく医療が受けられるべきだと考え、へき地医療に人生をささげる人などは、この資質を上位に持っている可能性が高いと思います。
同じように高い倫理観、道徳観を持つ資質に「責任感」がありますが、違いは正しさの種類です。「責任感」の正しさは、人との関わりの中で生まれる、ある種相対的なもの。「信念」の正しさは、より普遍的で絶対的なもの、世の中レベルでの正しくあるべき姿です。
普遍的なものであるだけに、その価値観は決して揺らぎません。そして、自分の信じる価値観に沿う社会を実現することが、自分の地位や名声、お金を得ることより優先されます。ある種、利他の精神で生きているのです。
この「譲れない価値観に沿って生きたい」という欲求こそが、「信念」という資質の核心です。
振る舞いの特徴
譲れない価値観は、まず「曲げない」という形で表れます。
「信念」を上位に持つ人は、自分の正しさを堅く信じているので、それを曲げることがありません。自分の価値観に背くことは、誰からの指示や命令であっても従いません。
どんなにお金を積まれても、どんな地位を与えられても、自分の利益のためだけに曲がったことをすることはないのです。それどころか、自分が堅く信じる「こうあるべき」に反する行動をする人に対しては強い怒りを覚え、相手が誰であろうと食ってかかることすらあります。
面白いのは、自分の信念がどこにあるのか、自分で気づいていない人が多いことです。自分にとっては当たり前すぎて、取り立てて「信念」があるとは思っていないのです。だから、上位に「信念」があると言われてもピンとこない人が割と多いというのが実際のところです。
どこに価値を置いているかはその人にしかわからないので、他の資質にヒントがあることもあります。「公平性」を併せ持っていれば「平等な社会であるべき」かもしれません。「個別化」であれば「人それぞれの個性を尊重する世の中であるべき」、「共感性」であれば「人に優しい思いやりのある社会であるべき」かもしれません。
また、物事を白か黒かで二極化して考える傾向があります。正しいか、正しくないか。その世界で生きているのです。
強みとして活かせている状態
この欲求が強みとして機能しているとき、「信念」を上位に持つ人は、ぶれずに真っ直ぐ自分の道を進み、周りから絶大な信頼を得る人になります。
根っこにある価値観が絶対にぶれません。誰が何を言おうとも「これだけは絶対に譲れない」という何かを持っていて、どんなに苦しくても、どんなに大変でも、自分の信じる正しい道を行く。その姿勢が、周りからの絶大な信頼をもたらします。
言行一致という言葉は、「信念」を上位に持つ人のためにあるようなものです。深く根を張る価値観が常に正しい方向に自分を導くので、周りがどう変わろうが、自分の内側にある正しさは決して変わりません。言葉と行動がずれることのないそのあり方が、無条件の信頼を生むのです。
自分の利益を追求するのではなく、高い倫理観に基づいて、利他的で筋の通った言動を貫きます。その一貫した倫理観と利他の姿勢が共感を生み、人の心を動かします。それだけの強い思いを持ち続けているからこそ、世の中の多くの人を幸せにする何かを生み出すことにつながるのです。
妨げになってしまっている状態
同じ欲求が裏目に出ると、まず頑固で融通が利かないと見られます。
何かを堅く信じているだけに、決して譲れないものがあり、周りから見ると頑固に映るのです。自分の価値観がどこにあるのか自覚がないままだと、訳もわからず「許せない」という感じが出てしまい、「信念」が暴れてしまうこともあります。
もう一つは、意図せず抵抗勢力になってしまうことです。譲れない価値観は他のどんなことにも優先されるので、チームで何かを進めようとする際に、自分の価値観に沿わないことはやりたくない、やらせたくないがゆえに、無意識に抵抗してしまうのです。
その結果、本来達成すべきことが達成すべきタイミングで成し遂げられない、ということが起こるかもしれません。逆に、実現の可能性や現実味を考えずに、理想論だけで大きなことの実現に向けて旗を振り、それに固執して周りを疲れさせてしまうこともあります。
そして、価値観に沿わない環境で疲弊してしまうことです。周りの人たちが自分たちの利益だけを追求し、自分から見て筋の通らないことばかりしている状況では、ストレスが大きく、「信念」も活かせません。自分の価値観に沿わないことを強要される環境が続くと、精神が疲弊してしまいます。
大事なのは、まず自分の価値観がどこにあるかを自覚することです。自分がなぜ人の言動や世の中の理不尽さに怒りを覚えるのかに自覚があると、そういう自分を客観視して、ある程度扱えるようになります。
そして、世の中の大多数の人は、自分のように正しいか正しくないかの二者択一の世界では生きていないという事実を、ただ受け止めることです。自分の生きている世界は、白黒のはっきりしないものを飲み込んだ、良くも悪くももっとあいまいな世界なのです。
自分の正しさも正しさの一つではあるけれど、世の中に正しさは人の数だけあると思えれば、自分の正しさにこだわりすぎる部分を少し緩められるかもしれません。
他の人の価値観を尊重するというのは、それを受け入れて肯定することではありません。「あなたはそう思うんだね。それを大切にしているんだね」と、ただ受け止めることです。
効果的に活かす方法
「信念」を効果的に活かす鍵は、自分の譲れない価値観を言葉にして、自覚することです。
「信念」を上位に持つ人で、自分の譲れない価値観を明確に言語化できている人は、意外に少ない印象です。自分にとっては当たり前すぎて、あえて言葉にしてこなかったからです。
それでも、その価値観は周りの人すべてが持っているわけではなく、むしろ圧倒的に少数派なので、他者と自分の違いを認識する意味でも、言葉にすることが大事です。
自分はどんな社会を実現したいのか。自分はこの世でどんな使命を与えられているのか。自分はどんなことに激しい怒りを感じるのか。怒りは、自分が大切にしているものを侵されたときに湧いてくる感情です。
だから、どんなときに、どんな人の言動に自分が反応して怒りが湧くのかを見ていくと、自分の譲れない価値観が見えてきます。言葉にできると、自分の中に一本の芯が通ったような感覚になり、無意識だった言動にも言行一致感が出てきます。
なお、私は「べき」「ねば」で自分を縛りがちな人には、それを緩めることをお勧めしています。でも「信念」を上位に持つ人には、あまりそう言いません。「責任感」の「べき」は人に対する誠実さから来るもので、他の人はそういうものを求めていないとわかれば自然と緩みます。
しかし「信念」の「こうあるべき」は、世の中とは、社会とはこうあるべきという、もっと深いところに根ざす譲れない価値観です。緩めるとか緩めないとか、そういう次元のものではないのです。だから、その価値観は大切にし続けるという前提で、うまく適応していく必要があります。
次に、大きなスケールで物事をとらえることです。自分がとても大事にしていることを、そう感じていない人もたくさんいます。その事実をただ受け止めた上で、正しいかそうでないかで判断するのではなく、他の人は何に価値を置いて生きているのかに関心を寄せて観察していく。
そして、価値観の異なる人たちが多くいる世の中を、どう自分の価値観に沿う世の中に変えていけばいいのかを考える。価値観の違いによる他者の振る舞いに怒って心を乱されるのではなく、もっと大きな視野で、長い時間軸で、自分が理想とする社会を実現するために行動を起こすのです。
そのためには、自分が最終的に何を実現したいのかを明確にした上で、どこに目をつぶればその理想に早く到達するのかを考えることも大事です。飲み込むべきことを飲み込んでこそ、理想の実現が早まることもあります。
自分の譲れない線を細くくっきり引くのではなく、太くぼかして引くのです。
そして、環境を選ぶことです。「信念」を上位に持つ人が組織で働くときは、組織の理念と自分の価値観にずれがないことが必要です。もしずれがあれば、自分の価値観を曲げるという選択肢がない以上、組織に物申すのか、離れるのかの二者択一になります。
今の環境に照らして、自分の価値観に沿った生き方ができているのか、これからそうなるのかを考えてみてください。そうでなければ、自分の価値観を周りに知らせて立ち位置を明確にする。周りの理解が得られて、価値観を貫ける環境が整うこともあります。
それでもだめなら、何か大きな決断が必要なのかもしれません。人生全体が、自分の目指す一つの大きな方向に向かっているか。それが「信念」を上位に持つ人にとっていちばん大事なことです。
対比される資質
「責任感」と「信念」は、正しさへのこだわりという共通点がありますが、正しさの種類が違います。「責任感」を上位に持つ人の正しさは、人との関わりの中で生まれるものです。人との約束は必ず守る、決められたルールは必ず守る、という言動に表れ、正しい行いをする誠実な人だと人から認められることが、その動機の一つになっています。
「信念」を上位に持つ人の正しさは、世の中とはこうあるべきという、より普遍的で絶対的なものです。だから「責任感」の「べき」は他の人がそれを求めていないとわかれば緩みますが、「信念」の「べき」は緩むものではありません。
この違いは、相互理解がないとすれ違いを生みます。「責任感」から見れば「信念」は、目の前の約束や役割より自分の主義を優先しているように見え、「信念」から見れば「責任感」は、そもそもの正しさより人からどう見られるかを気にしているように見える。しかし、目の前の人に対して誠実であろうとする人と、社会全体に対して正しくあろうとする人は、どちらも組織に欠かせません。
「運命思考」とも、強さの質が違います。「運命思考」を上位に持つ人の強さは、すべてに意味があるという感覚から来る、やわらかくしなやかな強さです。「信念」を上位に持つ人の強さは、譲れない価値観という固い芯から来る強さです。どちらも揺るがない人ですが、揺るがない理由が違うのです。
他の資質との組み合わせ
「信念」と「公平性」が組み合わさると、平等な社会であるべきだという価値観を貫く人になります。「公平性」には、誰に対しても同じ基準で接したいという欲求があります。人によって扱いを変えることを許さないその姿勢が、「信念」の普遍的な正しさと重なって、公正さそのものを体現する人になるのです。
「信念」と「個別化」が組み合わさると、人それぞれの個性を尊重する世の中であるべきだという価値観を持つ人になります。「個別化」には、人それぞれの違いを見抜き、それぞれに合った関わり方をしたいという欲求があります。一人ひとりの違いを認めることが、この人にとっての譲れない正しさになるのです。
「信念」と「共感性」が組み合わさると、人に優しい思いやりのある社会であるべきだという価値観を持つ人になります。「共感性」には、相手の気持ちを自分のことのように感じ取る働きがあります。だから、人の気持ちをないがしろにするような人に対しては強い怒りを覚え、人の心を大切にする世の中のために動く人になります。
「信念」と「運命思考」が組み合わさると、意味と価値観の両方を軸に生きる人になります。「運命思考」には、すべてはつながっているという感覚があります。すべての出来事に意味を見いだす感覚と、揺るがない価値観が重なるので、どんな状況でも自分の軸を見失わずにいられるのです。
このように、「信念」は組み合わさる資質によって表れ方を変えていきます。ただ、根っこは一つです。世の中はこうあるべきだという、譲れない価値観に沿って生きたい。その欲求が、ぶれずに真っ直ぐ進む姿勢を生み、周りの人からの無条件の信頼を生んでいるのです。
上記はギャラップに承認されたものではなく、ギャラップの認可も推薦も受けていません。クリフトンストレングス®(ストレングスファインダー®)に関する意見、見解、解釈は、株式会社ハート・ラボ・ジャパン代表 知識茂雄だけの考えです。
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