責め合うのではなく、許し合うことに意識を向ける
オリンピックのスキージャンプ混合団体でのスーツ規定違反での混乱が話題になっています。
私もたまたま生で見ていて「???!!!」となりました。
ま、ここでもことの是非は置いておいて、こういうときの反応もまた人それぞれだなぁと。
そもそも関心を示さない人もいると思いますし、強い憤りを感じる人もいると思います。
そんな中感じるのは(あまりステレオタイプで語りたくはないけれど)日本人特有の“責任”が話題になるところ。
どちらかと言うと何事も自責にしがちだし、それが美徳的な語られ方をすることもありますよね。
なのでこういうとき関係者のコメントとして真っ先に出がちなのは「本人のせいではない」的なコメント。
まさに今回の日本チームのコーチ陣のコメントがそうでした。
それに対してドイツの監督とかは運営に対する怒りを露わにしていました。
ここでもどちらが良いとか悪いとかの問題ではないのだけれど、お国柄とかがよく表れるなぁと。
当事者である選手にしても、日本人選手の最初の反応は“お詫び”ですよね。
それこそが自責の念を感じている証です。
それに対して大方の人は「謝る必要なんてない」という反応だろうけども、これがもし、本人のコメントが運営への不満が先だとしたらそれはそれで「規定を守らないお前が悪いんだろ!!」的な非難を浴びるかもしれません。
何事も自責に捉えるというのはもちろん良い面もありますが、一方でそう捉えない人を叩く風潮にもつながりがちだと思います。
そして、今のように何かと制限の多い中では、ある意味ストレスのはけ口が必要で、何となく多くの人が責める相手を無意識に探しているようなところもあるのではないかと思うのです。
こういう時期だからこそ“責め合う”のではなく、“許し合う”ということに強く意識を向けていかねばなあと思います。
自戒を込めて。
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