自分の存在する価値への思い込みを手放す
先日は、朝から事務作業。
主催するグループの管理運営費の入金の確認と未了の方への催促メール。
実はこういう作業が大の苦手というか大嫌い!
単に作業自体が面倒くさいというのもあるけど、人に何かを催促するというのがとっても苦手。
ここにも自分のいろんな資質が絡んできます。
一つには、「責任感」による、誰かに迷惑を掛ける形で自分が何かを誤ってしまうことへの恐れです。
もし、何か間違ったことをして相手に迷惑を掛けてしまうと(そう感じると)、強烈な罪悪感を感じてしまうのです。
なのでそうならないよう何度も確認します。
そしてもう一つは、「調和性」的に相手に不快な思いをさせてしまうことへの恐れです。
この二つが重なるので、この種の督促メールを送る際にはとても緊張します。
メールの送信ボタンを押す時はドキドキしながらエイヤーで押す感じです(笑)。
人は誰でも過ちは犯すものだし、何事も完璧にできる人などいないと頭ではわかっていながら、それでも心はなかなかついてきません。
その理由は、自分の存在する価値に対しての非合理な思い込みがあるからだと思います。
私の場合で言えば、何でも誤りなくきっちりできる自分でないと他の人から認めてもらえない(存在価値がない)との思い込み。
「最上志向」もあるので、ここでのきっちり感が際立つ感じもあります。
資質的に言えば、他の資質との組み合わせも含み「自我」として表に出ているのかなぁと。
いずれにしても、この種の思い込みは、手放すことは無理でも緩めていった方が楽なのは間違いないです。
そのために必要なのは、恐れが生じることに勇気を出してチャレンジすることです。
私の場合で言えば、誤ってしまうことを恐れず、きっちりやることを自分に求めすぎないこと。
そういうことに少しずつチャレンジしていくことで、少しずつ思い込みも緩んでいきます。
私自身もそういうことに取り組んできて少しは緩んだ感もあります。
何かに対して極端に恐れが出るとき、そこには自分が存在する価値に対する何らかの思い込みがあるかもしれません。
それを見ていくと、自分がどんなことに勇気を出してチャレンジすれば良いのかも見えてくると思います。
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